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【ライブレポート】上杉昇、ブレることなく持ち続けてきた音楽性の核を凝縮 《文◎舟見佳子 撮影◎朝岡英輔》

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1991年12月4日にデビューし、2021年12月に30周年を迎えた上杉昇。この5月24日には自身の50回目となるバースデーを迎えることもあり、この約半年間は「ダブル・アニバーサリープロジェクト」として特にアクティブな活動を続けている。

デビュー記念日にはライブイベントなどをいくつも開催してきた上杉だが、2021年の12月4日には<Show Wesugi 30th Anniversary Tour 永劫回帰 #1>の東京公演として、新宿BRAZEで同ツアー3本目となるライブを行なった。WANDSal.ni.co猫騙といったバンドやソロでの活動を続けてきた上杉だが、この日のライブは30年間の歩みをしっかり網羅しつつも、彼がブレることなく持ち続けてきた音楽性の核を凝縮したようなものとなった。

オープニングは「FLOWER」。WANDSデビュー以来の音楽性からグランジロックへと大きく舵を切ったアルバム『PIECE OF MY SOUL』の1曲目でもあるハードな楽曲だ。続く猫騙の「Kill me」と攻撃的な2曲が続き、会場の熱気は急上昇。

「今日は30年前に私、上杉昇がデビューした日となります。めちゃくちゃいろんな事がありました。普通の人の人生を倍くらい歩んでるような感覚というか。なかなか経験できないことを経験させていただいたなと。振り返れば、好きなように好きな生き方でワガママにここまでやってこられたわけですが、それもこれも支えてくれる皆さんのおかげだと心から思ってます」とファンへ感謝を伝えた。

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「寂寥たる荒野に」では、抑揚を封印して唄うAメロと、パワーを解き放つサビとのギャップがすごい。さらに間奏ではハイトーンシャウトの声で音程を唄い分けるなど、ロックボーカリストとしての引き出しの多さと力量に驚かされる。一方「Don’t try so hard」では、リリカルなギターをバックに叙情的かつウェットなメロディを滑らかに唄い上げる。彼の歌の表現力の多彩さ、そしてクオリティの高さには、本当に感心させられっぱなしだ。

この日、最も印象に残ったのは中盤に演奏された「Same Side」。この曲はWANDSが1995年12月4日にリリースした10枚目のシングルであり、15周年記念アルバム『SPOILS』(2006年)でもセルフカバーしているものだが、演奏前のMCでは、WANDSのライブで客席にダイブした時の思い出などに触れ、「当時のディストーションボイスと今の発声の仕方は歪ませ方を変えたので、ギャップ感があるかもしれない」と曲を紹介。柔らかな始まりから徐々に温度感を上げていくような曲調とメロウな歌声に聴き惚れていたのだが、2番のサビ直前で突然声を詰まらせる。何が起きたのか一瞬戸惑ったが、何か感情の波がなだれ込んできているのだけは感じられた。声は出せないので、すかさず大きな拍手でリアクションする観客。その一連の出来事を言語化するのは難しいが、なんというか、根源的なところから発せられるうねりのようなものによって、アーティストと観客が繋がった瞬間だったのだ。レポートからはしばし離れるが、ここで後日、別件の取材時に聞いた上杉のコメントを紹介しておきたい。

「昔は絶対なかったんですよ、歌の中に入り込んで泣けてくるみたいなことなんて。その曲の世界観には集中するんですけど、ピッチを外してないかとかばかり気にして唄ってた感じで。最近、ライブでカバーを、さだまさしさんの「防人の詩」とか中島みゆきさんの「狼になりたい」とか、そんな楽曲を唄うようになってから歌の世界に入り込めるようになったんですよね。自分の曲でなんて絶対泣けないと思ってたんですけど、こないだ「Same Side」で「限りある人生のレース」っていうフレーズが、なんか自分でグッときたんですよね。ああ、こんなフレーズを使ってたんだなと思ったら、こみ上げてくるものがあって。さすがにこれだけ長い間唄っていないと、自分で書いた歌でも人の曲を唄ってるような感覚がちょっとあって、詞がピュアに入ってくるんだなって。ライブの時は感傷的な思いとかも全然なく唄い始めたんですけど、完全に歌の世界に入っちゃいましたね」

「限りある人生」というフレーズが上杉に刺さり、その感情が観客に瞬時に伝播して、理由もわからないまま引き込まれる。これこそライブが行き着く最終形態なのではないだろうか。

さて、レポに戻る。本編後半はスローな楽曲でアクセントを。悲しみをたたえた歌声の中に、どこか慈しみのようなものを滲ませる「消滅」。美しいファルセットからデリケートなかすれ声、ハリと艶を感じさせる凜とした歌声まで様々な表情を見せる「濫觴」と、静かな楽曲ならではの繊細な表現も流石の一言。

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Blackout in the Galaxy』(2006年)と『Megalomania』(猫騙・2016年)に収録されていた「The Bright Lights」は、アタックのきいたオルガンをフィーチャーしダンサブルなアレンジに。上杉もハンドマイクで軽く踊りながら、ステージを左右に動きつつ歌唱。そのままの勢いで「桜舞い錯乱」に突入するが、歯切れのいいドラムが効いたノリの良い楽曲に、オーディエンスは体を揺らし続ける。強烈なビートと強靱なハイトーンシャウトが共存するサウンドに、否応なく会場はヒートアップ。ザクザクしたロックサウンドにガナり系のタフなボーカルが乗る「LORELEI」、転がるようなダンスビートが展開される「dioxin」では観客も青いサイリウムを振って盛り上がった。

本編ラストはWANDS11枚目のシングルの両A面曲だった「Blind to my heart」。曲紹介でも「俺がだいたい全部作った」と語った通り、上杉が作詞・曲を手がけた楽曲で、1990年代アメリカンロックの空気感と暖かみが漂う。雄大な景色が広がるようなロックサウンドと、どこか懐かしさのあるメロディに包まれ、安らぎに身を委ねられるひとときだった。ラストでは上杉が観客をぐるりと指さし、パワフルなハイトーンシャウトをキメた。

アンコールは「Blindman’s Buff」。al.ni.co唯一のアルバム『セイレン』収録曲だが、いわゆるグランジの暗黒面を象徴するようなタイプの楽曲で、閉塞感のある重苦しい音作りといいアイロニカルな唄い方といい、キャッチーな要素は何ひとつ見当たらない。こんな曲が日本のメジャーレーベルからリリースされていたなんて、と、今となっては驚きを禁じ得ないが、リリースから23年経った今なおこの曲をライブのオーラスに持ってくるところにも、彼のアーティストとしての矜持を感じる。ウケそうとか売れそうとかそんなことは関係なく、自分がカッコいいと信じることをやるのみ。その姿勢こそが彼のロックであり、プライドなのだろう。演奏の最後には渾身のハイトーンシャウトを、しかも音程を変えて数回ぶちかましてくれたが、自信とパワーに満ちたその姿はオーラを放ち輝いて見えた。

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この日のセットリストは冒頭でも述べたように、ここまでの上杉昇の軸となっている楽曲ばかりをセレクトして構成されている。その選曲は3月9日に全国発売されるアルバム『永劫回帰 I』収録曲とほぼ一致するのだが、今作は上杉が30年の歩みの中で生み出してきた楽曲の中から「今、自分自身が聴きたい曲」というテーマで15曲をセレクトしたオールタイム・プレイリストアルバムだ。最新のライブで演奏したい曲であり、聴きたい曲でもあり。要するにざっくり「気に入ってる曲」をギュッとまとめたアルバムということなのだろう。その第二弾作品『永劫回帰II』も3月5日から始まるツアー<永劫回帰 #2>で先行発売されることが決定しているが、同作にはなんと織田哲郎がアレンジで参加し、リ・レコーディングした「世界が終るまでは...」も収録される。J-ROCK史に残る名曲「世界が終るまでは...」が、28年の時を経てどのように生まれ変わったのか、ぜひその耳で確かめて欲しい。

撮影◎朝岡英輔


文◎舟見佳子