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【ライブレポート】上杉 昇、人生の起伏を見ているような<永劫回帰 #2>ツアーファイナル 《文●舟見佳子 撮影●朝岡英輔》

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<2021年12月4日にWANDSでのデビューから30周年、この5月24日には50回目のバースデーを迎えた上杉 昇。ここ半年間は「ダブル・アニバーサリープロジェクト」として特にアクティブな活動を続けてきた。オールタイム・プレイリストアルバム『永劫回帰 I』を制作し、同作収録曲をメインに据えた全国ツアー<Show Wesugi 30th Anniversary Tour 永劫回帰 #1>を2021年11月から展開。休む間もなく2022年3月5日からはツアー<永劫回帰 #2>もスタート、5月25日にはアルバム『永劫回帰II』も全国発売となる。

 

今回の『永劫回帰』はI・IIともに、彼が30年の歩みの中で生み出してきた楽曲の中から「今、自分自身が聴きたい曲」というテーマで各15曲をセレクトした作品。WANDSal.ni.co猫騙、上杉 昇ソロと、彼の活動すべての時代を網羅したもので、『永劫回帰II』には、織田哲郎がアレンジで参加しリレコーディングした「世界が終るまでは...」も収録され、大きな注目を集めている。

 

一般にベストアルバムやそれに伴うライブの選曲というと、例えばファンによる投票や売り上げ枚数の上位曲を選出するケースが多いが、今回の『永劫回帰I・II』は完全に本人の意思でまとめられた作品。ここまでの上杉 昇が形成された道のりが見える曲や、彼が今も気持ちを込めて唄える曲ばかりが並ぶ。その『永劫回帰II』に伴うツアー<永劫回帰 #2>のファイナル公演が5月22日に東京・恵比寿リキッドルームで開催されたので、その模様をお届けしたい。

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ほぼオンタイムでメンバーがステージに登場。上杉は山高帽に羽織袴という、大正ロマンふうな和装姿だ。1曲目は「Blind to my heart」(WANDS)。ステージに設置されたスクリーンには草原や街など風景の映像。歪んだギターに導かれるように始まった少しザラついたバンドサウンドと、肩の力が抜けたナチュラルなボーカルが解け合い、心地良い空気感を醸し出す。曲の後半では、上杉 昇の代名詞とも言うべきハイトーンシャウトを惜しみなく披露。音程の真芯を正確に撃ち抜く、曖昧さやブレの全くない、澄んだ鋭いシャウトだ。

 

2曲目「FROZEN WORLD」でも、恐ろしくデリケート&エモーショナルな歌声で観客の耳を釘付けに。唄い方の強弱はもちろん、どんな音色の声で、どこまで伸ばして音を切るかまで神経を張り巡らせているのがわかる。これはもはや達人の域と言ってもいいのではないか。

 

「この年齢でこの曲を唄うとは夢にも思ってなかった。自分にとってはひとつの集大成であり、ずっと背中を押し続けてくれた、縁の下でずっと支え続けてくれた曲」と紹介され始まったのは「世界が終るまでは…」(WANDS)。『永劫回帰II』のアレンジと同じく、ピアノから始まり、生バンドの息遣いが感じられる温かいグルーブが印象的だ。バックに薄く打ち込みのビートが鳴っているけれど、生楽器の演奏主体のアレンジなので、原曲のイメージはそのままに、一回り豊かなサウンドに生まれ変わっている。

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「明日」(al.ni.co)、「Sleeping fish」(WANDS)と、過去のシングル・カップリング曲というレアなセレクトを2曲続けて、自然体でリラックスした歌を聴かせた「明日」、浮遊感のあるふわふわとしたサウンドが気持ち良い「Sleeping fish」。ボーカルもスーッとファルセットへと移行する滑らかさが、なんとも絶妙だ。

 

「上杉 昇というとWANDSのイメージが強いと思うんだけど、一番長くやった、一番出し切ったなと思うのが猫騙。いろんな活動の中でいろんな経験をさせてもらったけど、自分にとってはどれも貴重で、とてもじゃないけど天秤にはかけられない」と、前半ラストには猫騙の「Long and winding road」を演奏。声出しが禁じられている現状では、サビ部分で観客のシンガロングを聴くことはできないけれど、上杉は観客に向かって自分を指差したり手を広げたり、ファンの気持ちをしっかり受けとめているように見えた。

 

ここで上杉は一度ステージから下がり、インストによる「30thメドレー」が始まる。WANDS「時の扉」「SECRET NIGHT」、al.ni.co「TOY$!」「カナリア」、猫騙「The Lost」「Closed Door」、上杉 昇ソロ「カワラコジキ」「黒い雨」の計8曲を繋げて演奏するのだけれど、これもまた見どころたっぷり。ハンディカメラを持ったスタッフがステージや最前列付近を巡り、リアルタイムの映像がスクリーンに映し出されるのが楽しい。カメラに手を振ったり、笑顔でライブを楽しんでいる観客の姿にはこちらまで嬉しくなってしまうし、演奏するメンバーの手元のアップも興味深い。森美夏がオルガンをバリバリ弾き倒しているシーンや、マニピュレーターの横山和俊がカオスパッドをエキサイティングに操作する場面などは、普段客席から見えないアングルなのでレアだし、臨場感があってなんともスリリングだ。

 

メドレーが終わると、赤いシャツに着替えた上杉が登場し、ライブは後半に突入。ゴボゴボという泡の音が響き、始まったのは「赤い花咲く頃には」。少し前までは、主人公の嘆きがほとばしるようなちりめんビブラート唱法で唄われていた楽曲だが、『永劫回帰II』以降は比較的真っ直ぐな発声で唄われている。それはそれで、何かに抗おうにも抗えない無力感にじわじわと浸食されていくようで、何とも言えない物哀しさが漂うのだが。続く「The Mortal」も同じく人間のちっぽけさを突きつけられる楽曲で、胸が締めつけられる。

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そんな空気を一瞬で変えたのが、最近ファンの間で密かに心待ちにされている“憑依系MC”。この日はスマナサーラ長老を降霊して観客の腹筋を崩壊させ、そのまま怒濤のアッパー・パートへ突入した。ロック・ボーカリストとしての凄まじい実力を見せつけたのが「斬れ」(『Dignity』収録・2021年)と「無意味な黄色 ~Meaningless Yellow~」(al.ni.co)。『永劫回帰II』のためにリレコーディングした「無意味な黄色」ではオクターブ下をダブルで唄っているが、ライブでも“声の壁”とも言うべき音圧のあるディストーションボイスを聴かせる。

 

「斬れ」ではこれまでも強靱なハイトーンシャウトで観客を圧倒してきた上杉。この日もサビのスーパー高音に感嘆していたのだが、なんと二度目のサビではそこからさらにもう一段階(3音くらいか?)上げるというバケモノレベルのロングトーンをキメた。今私は、信じられないものを観ている…と、開いた口がふさがらなかった。それもここ20年くらい流行っているミドルボイスとか男声ファルセットではなく、もっと破壊力のある重厚なハイトーン。生まれ持った資質と鍛錬がなければ、こんなパワフルな声は絶対に出せない。大抵の人はこんな唄い方をしたら一発で喉を潰すほどのものなので、生半可な気持ちでは決して真似をしないように勧めたい。ロックをやっているボーカリストたちには、ぜひ上杉のライブに来てもらい、この驚異的なボーカリゼーションを生で体験していただきたいと思う。ついでに言うと、こうしてガナりや唸り、スクリームを連発した後でも再びクリーンで繊細な歌を唄えるというスキルも、彼のすごいところである。

 

WANDSでサポートベーシストを務め、猫騙のリーダーでもあった宮沢昌宏が作曲したという「I don't care」(猫騙『知恵の輪と殺意』収録・2012年)と、「dioxin」(『Dignity』収録)を続けて。疾走するビートと目まぐるしく明滅する照明。「dioxin」では、上杉と森美夏がフロアの中空めがけて銀テープを発射したり、みんなで青いサイリウムを振って踊ったりと大盛り上がりだった。

 

本編最後のMCでは「どこにライブに行ったとか俺はすぐ忘れちゃうんだけど、でも今日のことはずっと覚えてると思います。もし俺の歌がみんなに聞こえなくなっても、俺は歌はやめない。それだけは信じて欲しい。声が出るうちは唄い続けたい」と宣言。そして「昔から聴いてくれてる人にも、若い世代の方にも、この曲を届けたいと思います」と「Don't try so hard」(WANDS)を。平田崇が爪弾くエレ・ガットに乗せて唄いはじめると、スクリーンにはリリックの文字が映し出されていく。歌詞にも歌声にも宿っている永遠の少年性のようなものに癒やされる気がした。

 

アンコールでは、「30年の活動のある意味集大成のひとつというか、自分の代表曲のひとつかなと思ってる曲があります。俺、けっこうスピリチュアルの勉強もしたんだけど、波動が高いと良くて、低いとよろしくないっていう考えは好きじゃない。相反するものが存在するから認知されるわけで。そういう意味でもこの曲は唄い続けていきたいと思います」と説明して「Blindman's Buff」(al.ni.co)を。グランジの暗く重ったるい面を凝縮した、およそポップ成分は皆無の曲だが、ツアー<永劫回帰 #1>でもラストに演奏されていた重要な楽曲で、MCでも「集大成のひとつ」として「世界が終るまでは…」と、この曲の2曲が挙げられていた。

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この日の選曲はアンコール含め全14曲中9曲が『永劫回帰II』からの曲だったが、前半6曲は美メロで風通しの良い、属性的にはいわゆるホワイト・サイドで、後半6曲は人間の悲劇的な側面や怒りを唄ったブラック・サイドとも捉えられる。MCでも少し触れていた陰と陽という東洋の考え方、森羅万象のバランスがそのヒントになっているのかもしれない。白と黒の勾玉が組み合わさっている陰陽対極図(タオ)がその象徴だが、どちらが良い悪いではなくて、両方ないと世界は成り立たない。光(陽)があれば、そこには必ず闇(陰)が生まれてしまう。この日のセットリストは、その両方を唄い上げた後に、「Don't try so hard」で静かに眠りにつくという、まるで人生の起伏を見ているような流れだった。

 

一曲一曲のクオリティとしても味わい深く、俯瞰で観るとまた違ったメッセージも込められている。その構成力は見事としか言いようがない。アルバム『永劫回帰I・II』もそれぞれジャケットの色が白と黒に分けられ、上杉が意図的に楽曲を選別した作品だと思うが、それと同じように「世界が終るまでは…」も「Blindman's Buff」も上杉 昇というアーティストの中で重要なエレメントなのだろう。今後の彼がどんな方向に向かっていくのか、その兆しのようなものが垣間見えたライブだった。

 

撮影●朝岡英輔


文●舟見佳子