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気まぐれブログ 上杉昇さんの曲も想いも沢山の方に伝えたい

【ライブレポート】上杉昇「今の日本人にいちばん必要なのは尊厳」文◎舟見佳子

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今さら言うまでもないが、新型コロナウイルスの蔓延以来、ライブ/エンタメ界は振り回され続けている。有観客公演がまったくできなくなって配信への道を模索した時期を経て、キャパの50%以下ならOKとなり、その後やっと感染対策を条件に100%入場OKという会場も出て明るい兆しが見えてきたと思ったら、またもや発出された緊急事態宣言によって時短などを余儀なくされている。

そんな中、ニューアルバム『Dignity』をひっさげ3月から全国ツアー<[ACT AGAINST COVID-19]SHOW WESUGI HEAVY TOUR 2021 Dignity>を敢行した上杉 昇が、4月25日に恵比寿リキッドルームで東京公演を行なった。このライブは昨年4月18日からの再々延期公演となるもので、バンド編成での有観客ツアーは14か月ぶり。ミュージシャンにとってライブでのパフォーマンスというのはアスリート的な部分もあるので、ブランクがちょっと気になったりしていたのだが、そんな心配は杞憂に過ぎなかった。それどころか上杉のボーカリゼーションは、これまでにないほど絶好調。来年50歳の誕生日を迎える彼だが、この安定したハイトーンとパワフルな声量はもはや化け物と言っても過言ではないくらいの歌声で、オーディエンスを圧倒したのだった。

オープニングはアルバム『Dignity』1曲目を飾るヘヴィチューン「斬れ」。CDではサビのコーラス部分で驚異的なヘッドヴォイスを聴かせる楽曲だが、なんとこの日は一発目のサビでいきなりその超ハイトーン・ヘッドヴォイスシャウトをぶちかましてきた。“レコーディングでは調子の良いテイクを選んだんだろうな”などと勝手に考えていた私は、心の中でその非礼を詫びた。まさかライブでこんな凄まじいものを聴けるとは思ってもみなかったのだ。2曲目は前アルバム『The Mortal』収録の「桜舞い錯乱」。この曲も1オクターブ上にポンと上がるメロディーラインがあるのだが、余裕で唄いきってみせる。ロック・ボーカリスト上杉 昇の健在ぶりを目のあたりにして観客も大喜びだ。

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「1年前の振替公演です。いい夜にしましょう」と挨拶して、新作から「荒野の獣」「安息の希求」と2曲続ける。「安息の希求」は『Dignity』の中でも最高にヘヴィな1曲。ザクザクとしたギターのリフと、タイトなドラムの刻みが気持ち良い。ボーカルはガナりと唸りが混ざったような迫力のある発声だが、メロディーも言葉もしっかり表現しているのは流石だ。

MCでは「ニルヴァーナの『イン・ユーテロ』というアルバムのプロデューサー、スティーヴ・アルビニとも一緒に仕事をしていた岡野ハジメさんに出会って、この人と一緒にやったらすごいものができるなと確信した」と『Dignity』について紹介。今回のロックな作品を「老体にむち打ちながらやってるわけですよ」と冗談めかして言うが、言葉の裏には“自分はずっとこれをやってきたんだ、若い奴らには負けねぇよ”といったオーラがにじみ出ているような気がした。

「黒い雨」はインダストリアル寄りのナンバー。マニピュレーターの横山和俊が繰り出す機械的なエフェクト音が空間を駆け巡る。ボーカルにもエフェクトをかけることで、ちりめんビブラートの歌声がよりニヒルさを増幅されたように感じる。

インダストリアルなサウンドから一転、次の「濫觴」ではレコーディングでも二胡を演奏した鈴木裕子をサプライズ・ゲストに迎え、有機的な表現に大きく舵を切った。イントロのフレーズが響いた瞬間、二胡がこんなに美しく情緒のある音を奏でることに驚いた人も多かっただろう。その響きにインスパイアされてか、上杉のボーカルも情感を増す。歌い出しの“外は寒かろう 寒かろう そばにいるよ”は、細かく震える声でデリケートに唄われ、本当に寒そうなイメージが脳裏に広がる。二胡による間奏のソロも素晴らしく、繊細かつ滑らかで包み込むような温もりのある音。そこへ寄り添うようにサビのボーカルが入る場面では、二胡の音と歌声が融け合い舞い踊っているようで、あまりの優美さに心が震えた。

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森美夏のピアノ独奏と、映像によるインタールードをはさみ、後半戦がスタート。上杉流ミクスチャー・ロックの一つの完成形「防空壕」を演奏した後には、アルバム『The Mortal』の方向性を決定づけた名曲「赤い花咲く頃には」、死という絶対的なものの前ではすべての人が無力であることを唄った「消滅」と、センシティブな曲が続く。飾り気のないギターのカッティングと、感情の振幅を極限まで引き出すようなボーカルは、生きることの尊さと儚さを時に淡々と、時に感情的に呟いているかのようだ。

「オーケー、トーキョー、気合いを見せてくれ。覚悟はいいか」という呼びかけを合図に空気はがらりと変わり、後半3曲は怒濤のハード楽曲タイム。ジューダス・プリーストロブ・ハルフォードによるユニットTwoのカバー「I am A Pig」が始まると、スクリーンには律動的な動きをひたすら繰り返すマシーンの映像。上杉は感情を押し殺したように冷徹な歌声を聴かせるが、サビの爆発ポイントではバンドとともに弾けるかの如くエネルギーを炸裂させる。さらにラストのサビではまさかのオクターブ上シャウトという、本家超えの荒技も飛び出した。「dioxin」では上杉とメンバーが青いサイリウムを手にして煽動。観客もサイリウムを振ってそれに応える。80'sディスコ的なベースラインの強烈なダンスチューンにオーディエンスも大きく揺れ、上杉もパワー全開放。歌と演奏、身体の動きによる一体感に加え、視覚的な要素でも会場が一つになった瞬間だった。

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本編最後のMCでは、新作に『Dignity』というタイトルを付けた理由について「今の日本人にいちばん必要なのはDignity、つまり尊厳だと思う」と自身の考えを伝えた。彼は以前から沖縄愛を公言しているが、愛する沖縄の平和が外国から脅かされていることを挙げ、沖縄出身の仲間均議員の活動を紹介。「可能になったら仲間議員と魚釣島へ船に乗って、生配信しますよ。もし捕まえられるようなことがあるなら、そのところも全部流します。この国は民主主義。俺たちが声を上げないと」と強く訴えた。また、ニューヨークのホームレスにハンバーガーなどをばら撒く動画がYouTubeでバズっていたことと、それを肯定する人がいることに違和感をおぼえた実体験から「Dignity」という曲が生まれた経緯も説明。「“やらない善より、やる偽善”っていうのもわかるけど、でもね、人として重んじるべき事を日本人として忘れずにやっていきたい」と、日本人が持つべき矜持と誇りについて述べた。

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「Dignity」の演奏中、スクリーンには同時に歌詞が映し出されたのだが、それは歌詞カードを読みながらCDを聴くのとはまったく違う体験だった。目の前にいる上杉が観客に直接語りかけているように、言葉の意味が真っ直ぐ入ってくる。「Dignity」は、ポップさ、キャッチーさや派手さはないけれど、とても重みのある曲。オーディエンスはじっと静かに聴き入っていたが、演奏が終わった瞬間、会場は大きな拍手に包まれた。この曲のメッセージを受け取った観客は、その歌詞の意味、上杉のアーティストとしてのスタンスを感じて、上杉 昇ファンであることを誇りに思ったことだろう。

アンコール1曲目は「この曲は英語なんだけど、ぜひ訳詞を読んでみてください。今の気持ちに合ってるなと思って、この曲を選びました」と、ガンズ・アンド・ローゼズの「リヴ・アンド・レット・ダイ」を。原曲はポール・マッカートニー&ウイングスの曲だが、ガンズが1991年の『ユーズ・ユア・イリュージョンI』でカバーしている。ざっくり直訳すると“この変わり続ける世界が 我慢ならないなら 言ってしまえ 俺は生きる 死ぬのは奴らだ”といった内容。もともとは映画「007 死ぬのは奴らだ」の主題歌として発表された楽曲だが、日本の安全保障が脅かされ跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)の現状を照らし合わせると違う意味合いにも取れる。自分の大事なものを守るためには言うべきことを主張し、必要ならば戦わなければならない場面もあるはず、と。原曲を書いたポール・マッカートニーはまさかこんな時代を想定して書いたわけではないだろうが、不思議なくらい今の上杉に重なる内容である。そんな歌詞もさることながら、ガンズは上杉の音楽的ルーツの一つでもある。マイクスタンドを両手で水平につかんで上下にシェイクするアクションも、芯のあるハイトーン・ボーカルも、アクセル・ローズが降臨したかと見まごうほどだ。ツアー前の取材で「唄っていてただ楽しい、自分へのご褒美的な曲を追加した」と言っていたのはこれか、と大いに納得した。

アンコール2曲目はソロ・アルバム『L.O.G』に収録されている「LORELEI」。日本にもこんなにカッコいいグランジオルタナ曲があるんだよと、聴いたことのない人に自慢したくなるようなロック・チューンだ。ラフでワイルドなギターソロに耳を奪われていると、上杉がギタリスト平田 崇に絡んでエアギターを披露するなど、バンド編成ならではの見せ場も。アウトロのかき回しでは、床に膝をついてのハイトーン・ロングシャウトを決めたが、この日はさらに立ち上がってからもう一回シャウト。観客に向かって大きく両手を広げて感謝の意を伝え、ステージを後にした。

アルバム『Dignity』はライブ会場での先行発売という形をとっていたが、いよいよ5月26には全国発売も開始される。ライブに行けなかった方を含め、一人でも多くの人の耳にこのメッセージが届くことを願っている。そして早くも夏のアコースティック・ツアーが発表されたことも、付け加えておこう。

文◎舟見佳子
撮影◎朝岡英輔

 

舟見佳子さん

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朝岡英輔さん

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