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気まぐれブログ 上杉昇さんの曲も想いも沢山の方に伝えたい

【ライブレポート】上杉昇、“曲に命を吹き込む”とはこういうこと(文◎舟見佳子 撮影◎朝岡英輔)


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最新アルバム『Dignity』リリースに伴うバンド編成のツアーを2021年の春に行ない、7月末からは<SHOW WESUGI ACOUSTIC TOUR SPOILS 2021>と題したアコースティック編成のツアーで全国を廻っていた上杉 昇が、10月17日にYokohama mint hallで神奈川公演を開催した。


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2006年に彼がリリースした『SPOILS』というカバーアルバムは、WANDSal.ni.coのセルフカバーや、影響を受けた洋邦アーティストのカバーを収録したものだが、今回のツアーにも同じタイトルが冠されている。SPOILとは“元々の性質をダメにする”という意味の言葉。原曲の持ち味を変化させるカバーという行為に、そんな毒っ気のある単語を当てるセンスが実に上杉っぽい。この日のセットリストは、邦楽アーティストのカバーをメインに、自身の楽曲を数曲入れ込むという流れで構成。ジャンルも時代もかなり幅広い選曲だったが、ギターとキーボードによるアコースティックな演奏をバックに、オリジナリティーのある見事な歌唱で曲を生まれ変わらせていた。

オープニングは上杉の最新シングル曲「1945~」。静かに爪弾くギターに導かれて演奏が始まると、たゆたうように穏やかで、深みのある歌声が会場の空気を染めていく。たった3人が織りなす音とは思えないほど、平田崇(G)、田中佑司(Pf)の繊細な演奏とコーラスに彩られた世界観は濃密だ。間奏部分では、前半の均衡を突き破るかのような鋭いハイトーンシャウトで聴き手をハッとさせるなど、1曲目から目が離せない。2曲目は小田和正の「やさしい風が吹いたら」。これまでもオフコース小田和正の楽曲を唄っている上杉だが、どちらもクリアな声質の持ち主だけに、これは正攻法な仕上がり。ただ、少年のような端正さを崩さない小田の声と比べると、上杉の声には少しハスキーさや歪み成分もあるぶん、楽曲に人間味というかエモさが増した気がする。

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2021年12月4日で上杉はデビュー30周年を迎えるが、この日最初のMCでは30周年記念アルバムの制作中であることを報告。内容的には自身の選曲による30周年オールタイム・プレイリスト・アルバムで、過去楽曲のセルフカバーも収録される予定とのこと。「何十年かぶりに唄った曲もあって。どうせ唄うなら昔を超えるものをと思って挑みました。懐かしい曲や、一部歌詞を変えたりしている曲もあるので、そこも楽しみにしててください」と期待感を高めた。

意外と楽曲との相性が良くて違和感なく楽しめたのが、奥田民生の「悩んで学んで」。鼻に抜ける声の配分やアイロニカルな歌い回しなど、けっこう二人の共通点が多くてびっくり。また、平田崇のリズム感が光っていたのが中島みゆきの「難破船」。スパニッシュ色を出した彼のカッティングは、本当にいつ聴いても鮮やかの一言に尽きる。一方、田中佑司のピアノも演奏の個性では引けを取らない。産休中の森美夏に替わって登場した田中だが、ブレイヤーとしてはけっこう攻めるタイプ。アレンジは基本これまでと大きく変えていないのだが、本当にちょっとしたところでアクセントが生まれる。例えば「濫觴」では、スケールからアウトする感じや微妙なコードの当て方も森美夏の演奏とはまた違っていて、同じ曲でも演奏者によって印象が変わるもんだなぁと感心した。

完成度的にピカイチだったのが加藤登紀子バージョンの「鳳仙花」。むせび泣くようなトレモロ奏法のギターも、鍵盤ハーモニカのもの悲しい響きも、楽曲の美しさを極限まで際立たせることに成功しているが、何と言っても歌の表現力が素晴らしい。この上なく細やかで儚げな歌い出しから、そのデリケートさをキープしたままフッとファルセットに返したり、大声で張ることもなく高い音域へと滑らかにメロディーを広げていったり、技術的な面でも驚異的なレベルであることは間違いないのだが、それらはすべて曲の世界観を引き出すことに直結している。歌詞というより“詩”である言葉たちや、心の動きをていねいにすくい上げるメロディー。この日の演奏と歌唱によって、「鳳仙花」という曲の奥深さに触れた方も多かったことだろう。

「自分と違う表現のリリックを唄うのは面白い。俺が同じことを唄おうとしても、絶対こういう曲とか、タイトルにはならない」と紹介されたのは、eastern youthの「ズッコケ道中」。シングル「1945~」のカップリングにもなっていて、リラックスした曲調とストレートなボーカルが心地よい。上杉も手の動きなど自然とジェスチャーも入り、観客は着席の上半身を左右に揺らしてグルーブを楽しんでいた。

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ボーカリストとしてチャレンジ曲だなと驚かされたのが、佐野元春「経験の唄」。これも開放感のある楽曲ではあるが、同じメロディーを淡々と繰り返す唄は、安易な感情の込め方もできず難しい曲だ。風が通り抜けるような軽やかなアレンジとナチュラルな演奏による誠実なカバーとなったが、結果、歌詞の普遍的な強さが真っ直ぐ伝わってきたように思う。

「30年活動してきたけど、上を見るとバケモノみたいなミュージシャンが沢山いて、気が遠くなる。バケモノのひとりに陽水さんがいます」と演奏されたのは、井上陽水の「傘がない」。本家は圧倒的な声質の方なので、陽水以外の人が唄えば自ずと印象は変わるだろうと思っていたが、上杉はガナリやシャウトも交えた彼らしいアプローチ。行かなくちゃ行かなくちゃと思いながら行くことができない主人公の迷いや葛藤、頼りなく揺れる気持ちが見えるようで、原曲とは一味もふた味も違う、ある意味リアリティのある「傘がない」を聴かせてくれた。

フォーキーな選曲が多い中で異彩を放っていたのは、BUCK-TICKの「ドレス」だった。原曲の妖しいイメージとは違って、スピード感のあるギターリフとループ風な先鋭的アレンジで、今っぽい仕上がりに。櫻井敦司の退廃とはもちろん違う、上杉 昇らしい抜け感のある色気が感じられた。そしてもう一曲、フォークっぽくない(ギターを弾きながら唄うイメージではないという意味で)シンガーの楽曲としては、上田正樹の「悲しい色やね」をセレクト。昔から関西はブルースが盛んだったが、音楽ファン層以外にも“大阪=ブルース”の図式を決定づけた名曲といえば、真っ先にこの曲が上がるはずだ。上杉は「大阪出身の好きなアーティストは沢山いて、この曲は当時よく唄っていた」と曲を紹介。なるほど、タメの間合いなども絶妙で、曲が完全に身体にしみ込んでるんだなぁというのがよくわかる。が、声質の違いもあれど、上杉バージョンは“どブルース”になっていないところが面白い。原曲のアクが強すぎる場合、そのまま唄うとモノマネのようになってしまう危険性もある。原曲の良さは崩さず、自分が唄う意味も表現するというのは、本当にさじ加減が難しいものだが、その辺りの力量はさすが上杉。決して泥臭くはならないアプローチで、ロックシンガーとしての出自がにじみ出る「悲しい色やね」を聴かせてくれた。

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本編ラストは、浜田省吾の「愛という名のもとに」。これは1992年に放送された同名ドラマの挿入歌で、上杉も当時よくテレビで観ていたのだそう。「以前は愛・恋・夢みたいな詞を唄うのに抵抗があったから、自分がこんな曲を選ぶ日が来るとは思わなかったです。でも、良い曲は良いんですよね」と、この曲を選んだ思いを語った。別れの歌ではあるが、相手への理解や思いやりにあふれた大人のラブソング。序盤こそ上杉の声でこんなにシンプルな恋愛の情景を綴った歌を聴けるのがただ新鮮だったが、味わい深い歌声にみるみる引き込まれ、1番が終わる頃にはもうすっかり曲の世界にひたっていた。2番からは上杉もマイクをスタンドから外し、手持ちスタイルで気持ちの入った歌を届けてくれた。

この日カバーされた11曲は、上杉が昔から聴いていた好きな曲ばかりなのだという。原曲アーティストも、皆、唯一無二の表現力と声を持った希有なボーカリストばかりだが、それを上杉が唄うとまた全然違うものになる。いわゆる“曲に命を吹き込む”とはこういうことかと、目の前で見せられたような気分。同時に、「濫觴」「消滅」「The Mortal」「Dignity」といった上杉自身の楽曲も、異なるプレイヤーでの組み合わせで演奏されると、これまた新しい顔に生まれ変わる。音楽に限らず、例えば名作と言われる映画やドラマも時代を越えてリメイクされたりするけれど、そこに携わったキャストの個性や人間味、それまでの経験がにじみ出ることにこそ面白さがあるのだな、と改めて実感した。

MCで上杉は「デビュー当時から応援してくれる人がいるとしたら、30年同じ時代を生きてることになります。これからもっと道は険しくなるかもしれないけど、自分なりの歌が唄えたらいいなと。俺は必ずしも反体制がロックとは思ってないし、いろんなロックがあっていいし、自分なりの音楽を追究していきたいと思ってます」と、ファンへの感謝と活動への意思表明を語った。彼の“自分なりの歌”、つまり上杉 昇にしか唄えない歌が今後どんなふうに育っていくのか、楽しみに感じたライブだった。

文◎舟見佳子
撮影◎朝岡英輔